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2024年1月12日

プレスリリース:世界的にも珍しいヒト卵胞液の粘弾性計測データと成熟卵の有無との関連性についての解明 −ヒト卵胞液のレオロジーデータは不妊治療を改善するスクリーニング指標になり得るか?−

発表のポイント

〇 ヒト卵胞液のせん断粘度特性と成熟卵の有無に相関関係があることを明らかにした
〇 微量な体液の高速な伸長挙動を撮影可能にする光学計測システムを開発した
〇 ヒト卵胞液の伸長挙動の高速撮影に世界で初めて成功し、その可視化結果よりヒト卵胞液の粘弾性特性がタンパク質のそれに依らないことを明らかにした

概要

現在の日本ではART(注1)により生まれる赤ちゃんの割合が12人に1人と言われ、その体外受精率(胚移植1回あたりの妊娠率)が30%未満であることから、不妊治療は未だに難しい治療法の一つと言えます。もし卵の成熟と卵胞液の粘弾性特性との関連性が解明できれば、より効率的な治療法の開発につながり、ART成績の向上に資する可能性が期待されます。そこで本研究では、卵胞液(卵の成熟の場である卵胞内の体液)のレオロジー(注2)に着目しました。名古屋工業大学大学院工学研究科の武藤真和助教、玉野真司教授らはレオロジー分野の研究グループで、名古屋大学大学院医学系研究科の大須賀智子准教授、村岡彩子助教ならびに名古屋工業大学大学院工学研究科の岩田修一教授、中村匡徳教授の協力のもと、世界的にも珍しいヒトの卵胞液の粘弾性計測を実施しました。その結果、ヒト卵胞液のせん断粘度特性と、その被験者の成熟卵の有無に相関関係があることを明らかにし(図1)、ヒト卵胞液のレオロジーデータが不妊治療を改善するスクリーニング指標になり得る可能性が示されました。
本研究成果は、2023年12月14日にFrontiers in Physicsに掲載されました。

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図1 成熟卵を含む卵胞と含まない卵胞における卵胞液のせん断粘度の違い

研究の背景

近年、配偶子である成熟卵(以下「卵」と称する)や精子を体外に取り出し、体外で受精させるARTを導入した不妊治療症例数が増加しています。ARTによる治療法では、排卵前の成熟卵胞内の卵を吸引しますが、この際に卵胞内を満たす卵胞液(図2)も副次的に採取されます。成熟卵胞(直径150-400 μm程度)の周りは壁顆粒膜細胞に覆われており、卵胞内部には卵丘細胞に覆われた卵と卵胞液が内包されています(卵丘細胞と壁顆粒膜細胞の大きさは共に直径 10-15 μm程度)。
卵胞液は血液由来の物質と局所的な分泌物や代謝に由来する物質で構成されており、ホルモン、酵素、抗凝血成分、電解質、活性酸素、抗酸化物質などの生化学的成分を含有するとした成分分析に関する調査報告がいくつか存在します。また、卵胞液の成分は、卵の成熟度合いにより異なることも指摘されています。一方で、卵胞液の粘弾性特性は年齢や生理周期の時期といった卵胞液採取時の患者の状態によって異なることが医師らの間で経験則的に知られているにも関わらず、その粘弾性を実測し、レオロジー的な側面から報告する文献は数少ないのが現状でした。

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図2 卵胞液の概略図と外観

 

研究の内容・成果

本研究グループは、採取量の限られる生体液の粘弾性特性を正確に把握するために、共軸二重円筒型レオメーターと恒温槽を複合した恒温せん断粘度計測装置と、液滴落下法と高速度カメラを複合した伸長粘度計測装置を、それぞれ独自に開発しました(図3)。
せん断粘度計測では、超純水、タンパク質溶液(OVA/PBS溶液)(注3)、希薄高分子溶液(PEO水溶液)、ヒト卵胞液を比較検証した結果、超純水のせん断粘度はせん断速度に依存しないニュートン流体である一方で、タンパク質溶液、希薄高分子溶液、ヒト卵胞液のせん断粘度はせん断速度に依存する非ニュートン流体であることを確認しました。また、ヒト卵胞液サンプルのせん断粘度データとそのサンプルに対応した卵の成熟状態のデータを照らし合わせ、せん断粘度特性と卵の成熟状態との関連性について調査しました。ヒト卵胞液のサンプル数は、正常に発育した卵がある場合を16ケース、ない場合を28ケース用意しました。結果として、低せん断速度域では両者のせん断粘度が近くエラーバーも重なっている一方で、高せん断速度域では両者のせん断粘度のエラーバーが重なっておらず、最大で0.1 mPa·sの有意差が生じました(図1)。このことは、ヒト卵胞液のせん断粘度が卵の有無により異なる可能性を示唆しています。卵胞液の配合するタンパク質やペプチドの構成は卵の有無によって異なることが今回の結果の要因であると本研究グループは考えています。
伸長粘度計測では、ヒト卵胞液のような微量かつ低粘弾性の体液にも対応した光学計測装置を開発し、各種溶液の伸長粘度計測を実施しました。超純水、タンパク質溶液、希薄高分子溶液、ヒト卵胞液の伸長挙動を比較検証した結果、超純水とタンパク質溶液では液糸が瞬時に破断するニュートン流体的な振る舞いを示したのに対して、希薄高分子溶液とヒト卵胞液では液糸が伸長する非ニュートン流体的な振る舞いを示すことが確認されました。この理由は流体の弾性力が異なることが要因であり、従来のせん断粘度計測手法では把握できなかった世界初の可視化結果として示すことに成功しました。また、時々刻々と減衰する液糸半径の計測データから伸長粘度やひずみ速度などを導出することで、ヒト卵胞液の伸長挙動の定量データを世界に先駆けて示しました。それら定量データより、ヒト卵胞液の伸長粘度特性が、タンパク質のそれに依らないことが示唆されました。

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図3 恒温せん断粘度計測装置と伸長粘度計測装置の外観

 

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図4 超純水・タンパク質溶液・希薄高分子溶液・ヒト卵胞液の伸長挙動の撮影画像

社会的な意義

日本の少子化問題は深刻であり、2022年の出生数は過去最少を記録しています。少子化は、人口減少や若年労働力の減少などを引き起こし、日本の経済社会の活気を失わせ、衰退させる可能性があります。挙児希望があり不妊治療を受ける患者に対して、精神的・身体的・経済的負担を少しでも軽減することは、人口増加の社会要請にも合致しています。本研究が目指すビジョンは、ヒト卵胞液のレオロジーデータが不妊治療を改善するスクリーニング指標として活用できる未来です。ヒト卵胞液のレオロジーデータにより適した卵を選択的に体外授精できれば、現在の不妊治療における体外受精率を向上させることも可能であると考えられます。

今後の展開

被験者データの種類には年齢・女性ホルモン量(エストロゲン)・極体(卵母細胞の減数分裂時に生じる娘細胞)の数など多くあり、それらとヒト卵胞液レオロジーの関連性を多角的な視点で調査することが求められます。そこで、機械学習を導入することで、膨大な数のデータから最も関連度の高いデータを抽出することが可能になると考えており、今後の調査課題としています。また、本研究成果を他の生物の卵胞液レオロジーと比較検証することは、ヒト卵胞液レオロジーのメカニズム解明においても重要となります。既に、ニワトリとヒトの卵胞液の伸長挙動を比べた際に、弾性挙動がヒト特有のものであることが分かってきています。

用語解説

(注1)ART: Assisted Reproductive Technology(生殖補助医療技術)の略。卵細胞質内精子注入 (ICSI)、体外受精-胚移植 (IVF-ET)、凍結胚移植 (FET) などを一連の手技とし、採取された成熟卵や精子の体外培養によって人工的に妊娠を促す治療法。

(注2)レオロジー: 物質の変形および流動に関する学問分野であり、複雑流体の単純流れに対する構造変形や粘度変化が取り扱われる。

(注3)タンパク質溶液(OVA/PBS溶液):OVA はオボアルブミン(ovalbumin)のことで、ヒト卵胞液に含まれるタンパク質(58 ± 1 mg/mL)のうち40 ± 2 mg/mLの割合を占める。PBSはリン酸緩衝液(phosphate-buffered saline)のこと。

論文情報

論文名 Rheological characterization of human follicular fluid under shear and extensional stress conditions
著者名 Masakazu Muto, Keigo Kikuchi, Tatsuya Yoshino, Ayako Muraoka, Shuichi Iwata, Masanori Nakamura, Satoko Osuka, Shinji Tamano
掲載雑誌名 Frontiers in Physics
公表日 2023年12月14日
DOI 10.3389/fphy.2023.1308322
URL https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fphy.2023.1308322/full

お問い合わせ先

研究に関すること

名古屋工業大学大学院工学研究科工学専攻(電気・機械工学領域)
助教 武藤真和
TEL: 052-735-5182
E-mail: muto.masakazu[at]nitech.ac.jp

広報に関すること

名古屋工業大学 企画広報課
TEL: 052-735-5647
E-mail: pr[at]adm.nitech.ac.jp

*それぞれ[at]を@に置換してください。

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